こんにちは。
吉沼枝里子です。
最近、お話をさせていただきながらお話する機会があったので、
今日は、漢方薬局時代の働き方や自分が何を思っていたのか。
私の原点はそこにあるので、
つれづれなるままに書いてみようと思います。
入社のきっかけは、
大学の時に企業説明会がありました。そこで見つけたのが前社。
その当時、調剤薬局、企業、病院しか選択肢がないと思ていた私には衝撃的な出会いでした。
もともと、小さい頃に自然や花、薬草、食中植物が好きで、花の図鑑がボロボロになるまで見ていたので、漢方は惹かれて当たり前だったようにも思います。
そして、話を伺い絶対ここに入ると決めたのが3年の12月。
この一社しか受けてません・・・笑
今思うと、周りと全く違う道をここから歩み始めてたのかもしれません。
その後、無事に入社。
千葉そごうに配属になりこれからここでがんばるぞって思ってたら
入社1週目で衝撃の発表
5月〜蒲田店へ
そして戻れると言われたが千葉には戻れず5/18に部長が話にきて
6月〜船橋店
入社1ヶ月半での衝撃・・・笑
しかし、辞める選択肢も出る余裕もなく、ただただ、相談員になるためにがむしゃらにロープレと接客を繰り返していました。
異動も悪くなく、いろんな店舗の先輩方や本社の方々と話す機会、仲良くなる機会に恵まれました。
そこから25歳で船橋店の店長職に着く事ができました。
店長になってからが大変で、
一番の衝撃は・・・
2009年12月同期と海外旅行に行っていたときに起こりました。
一人連絡なく出社せず、一人体調不良で長期休暇で来れなくなり
一気に2名が出社できない状況で、数日後からは新人が来る・・・
海外で帰れない・・・・
帰ったあとは、12月はほぼ出勤・・・
休みの日も電話で対応
怒濤の一ヶ月をすぎた年始に船橋店閉店の通知・・・・
前に進みたくて、最初に配属された千葉そごうへの異動を告げられましたが断り、
新しいことがしたく
二子玉川新店のオープンメンバーへ
ここからまた、運命の出会いが続きます。
もう二度と店長はしないと思っていたのにかかわらず、半年も立たないうちに店長へ
船橋店とは違う客層、そして、全員が年上というメンバーの中での働きいい意味で刺激をもらい、自分が成長する機会をここでも得られた充実した店舗でした。
その後、2011年の震災もここのお店で迎え、大学が仙台の私には命の大切さ、人はいつ何があるかわからない、夢を大きく持ったとしても叶えることさえも、叶えていくチャレンジもできないことがあることを知りました。
そんなことを思いながら、目の前のお客様と関わっていくと病気も一緒。
突然の方も多い。
だったら、病気になってから漢方薬局にくる人を減らしたい。
そう思ったのは、この頃からかもしれません。
この後の話はまたお話します。
吉沼枝里子